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RSV温度感受性変異株 (temperatare sensitive mutant) であるt s BKI及びt s NY68を 感染させた細胞
は、その培養温度条件により、「癌化⇔正常様」の制御を受ける。培養温度が37℃では悪性化 形態を維
持するが、培養温度を41℃にすると正常様形態へと変化する。
しかしながら、ウイルス自身の増殖は、両温度でも行なわれることにより、ウイルス増殖に関与する遺伝子以外 に、温度変化によって、発現が制御される癌化に直接関係する遺伝子の存在が考えられた。
後に、コロラド大学のエリクソン(Raymond L.Erikson)らによって、その遺伝子(sarcome gene 以下、Src とする)によりコードされた蛋白質が同定された。 さらに、カルフォルニア大学サンフランシスコ校のビショップ (John M. Bishop) らにより、ヒトを含む 殆どの正常細胞にも、Src遺伝子類似の塩基配列が存在することが確認された。次に、Srcなどの「発癌関 与遺伝子」が、種を越えて、よく保存されていることから、そうした遺伝子が正常細胞において、如何なる 働きをしているのか ? が探求の的となった。
1983年、サル肉腫ウイルスの有する癌関与遺伝子が、PDGF(Platelet Derived Growsh Factor - 血小板由来増殖因子)と類似していることがわかり、V-Sisと称された。 Sis遺伝子もまた、細胞由来のものであることが判明した。 これらの発見によって、発癌関与遺伝子と呼ばれるものは、細胞増殖に関係した遺伝子であろうと考えられた。 それから、次々に発癌関与遺伝子が発見され、その殆どが細胞分裂増殖に関する遺伝子群であることが確認された。
マサチューセッツ工科大学のワインバーグ(Robert A. Weinberg)らのグループは化学発癌物質の一つである メチルコラントレンで癌化させたマウスより、DNAを抽出し、癌化していない別のマウス細胞(NIH3T3)に注入した。 結果、細胞は癌化され、正常細胞から抽出したDNAでは、癌化が起こらないことを実験的に確認した。 また、別のグループらは、自然発癌したヒト膀胱癌、肺癌、大腸癌、神経芽細胞種等より抽出したDNAをNIH3T3細胞 に注入して、癌化をおこさせることに成功している。それらの研究実験により、化学発癌物質(メチルコラントレン) で変異を受けたDNA及び自然発癌細胞のDNAが注入された細胞において、そのDNA情報が発現され、癌化に関 与したと考えられた。 さらに、ワインバーグらは、ヒト膀胱癌の発癌関与遺伝子であるT24をNIH3T3細胞に注入、精製を繰り返し、ついに 発癌に直接関与する遺伝子のみを抽出した。(遺伝子のクローニング)そして、その構造を「プロット ハイブリダイゼ ーション法」という手法を使い、癌ウイルスであるハービー肉腫ウイルスの有する「Ras」という遺伝子に類似している ことを確認した。
すでに、ウイルスRas遺伝子(V-Ras)の原となった、正常細胞の中にある遺伝子(Proto-Ras遺伝子)は、クローニングされ ていた。V-Ras遺伝子は、NIH3T3細胞を癌化させることができ、Proto-Ras遺伝子は、その機能を有しない」 この違いは、一体 どこにあるのか?
そうした中、アメリカ国立癌研究所のスコルニック(Edward M. Scolnick)らがワインバーグらと協力し、両方のDNA 塩基配列を分析し、比べることに成功した。 その結果、Proto-Ras遺伝子と、V-Ras遺伝子とは、たった一つの塩基が違っているだけと判明した。そのことが、Ras蛋白質 の機能を狂わして、細胞を癌化に至らしめることがわかった。
その後も、ワインバーグらは優れた研究を続け、網膜芽細胞腫(Retino blastoma : レチノ ブラストーマ)より抽出した「RB遺伝子」 と称する遺伝子が、今までの変異し活性化されて癌をひきおこす遺伝子とは異なり、そうした、癌遺伝子の活性を抑制する 方向で働く「癌抑制遺伝子」であることを発見した。
この「癌抑制遺伝子」については、後で記すことにする。