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前項で紹介したが、ヒト癌で発見された、変異したRas遺伝子の産物=Ras蛋白質もG蛋白質であり、GTPase活性が正常Ras蛋白質に比べて低く、また最近、発見されたGTP活性促進蛋白質は、正常型Ras蛋白質には働くが、変異を受けたRas蛋白質には働かないことがわかってきた。

即ち、変異したRas蛋白質は活性化したままの状態で留まり、「増殖シグナル」を癌遺伝子V - e r b Bの産物の働きと同じ様に、下流に常に流し続けることにより、細胞を癌化させることがわかった。

G蛋白の働きにより、その下流にある様々のシグナル伝達機能蛋白質が活性化され、増殖シグナルは細胞核内に達し、Myc遺伝子が発現される。そして、細胞はS期に入っていく。

Myc遺伝子については、ヒト癌で多くのMycファミリー遺伝子が見つかっていて、L-Myc遺伝子がヒト小細胞肺癌から、ヒト神経芽細胞腫、網膜芽細胞腫からN-Myc遺伝子が発見され、胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌などにおいて、その発現量が増しているとの報告がある。

さらに、バーキットリンパ腫では、Myc遺伝子部位が切断され、別の部位に移動(染色体 転座)することにより、そのコピー数を増やし、癌化に関与することがわかっている。

Myc遺伝子のみならず、Fos遺伝子、Sis遺伝子も、その発現を増加してやると細胞を癌化させることができ、細胞分裂増殖に関係する遺伝子の変異、発現異常が癌化に深く関わっていることが再確認できる。

次に、Myc遺伝子が発現してできる蛋白質の働きに関しては、東京大学薬学研究所の有賀らによると、DNAに結合し、DNA複製開始因子として機能していると報告されている。

細胞の分裂増殖は、幾重にも その制御メカニズムが存在し、S期に入るDNA複製においても「癌抑制遺伝子」と呼ばれる遺伝子郡によって制御されている。

「癌抑制遺伝子」の一種であるRB遺伝子がワインバーグらによってクローニングされ、ヒト網膜芽細胞腫において、RB遺伝子の変異欠失が癌化をおこすことは前述したが、ヒト外陰部癌の細胞から発見されたp53遺伝子も変異を受けて、本来の機能が正常に働かなくなり、癌化に関与することがわかっている。

以下に、DNA複製において、RB遺伝子、p53遺伝子などの「癌抑制遺伝子」がどのように関わっているのかを記述しよう。

EGFなどの増殖因子が結合したリセプターは、細胞内にチロシン活性部位を有し、G蛋白質などの機能分子を通してMAPキナーゼ、CDCキナーゼなどの細胞増殖機能蛋白質をリン酸化する。

MAPキナーゼは、核内にも存在する。CDCキナーゼは、酵母より発見され、ヒト細胞を含め、細胞周期の調整に重要な役割をもつ蛋白質であり、最近、G1期⇒S期の開始因子として注目を集めている。そして、細胞周期の進行に伴って発現されるG1サイクリン(Cycin)と複合体を構成し、RB遺伝子、p53遺伝子の産物蛋白質をリン酸化することがわかっている。

また、RB蛋白質はMyc蛋白質と相同するアミノ酸配列を有していて、CDCキナーゼにより、リン酸化されたRB蛋白質は、Myc遺伝子の発現制御に関与していることが示唆される。

前述したが、Myc遺伝子は、DNAの複製の開始因子としてDNA合成に携わり、国立癌センター研究所生物学部の田矢らによると、Myc蛋白は、Myc遺伝子のエンハンサーに結合して働き、G1サイリンの発現にも関与するとの報告がある。

即ち、Myc遺伝子は自身のMyc蛋白質により制御されていると考えれる。G1サイクリンなどの蛋白質も細胞の老化によりその発現が抑えられることと、Myc遺伝子が細胞の不死化に関与するという報告、癌ウイルスのSV40がもつ大型T抗原がRB蛋白質と複合体を構成し、RB蛋白の働きを抑制することで癌化に関与するとの報告などを、絡めて考えると非常に興味深い。