P19(p14)は、p53と結合している MDM2を解離させて、p53を自由にします。 そして、p53の働きにより、細胞はアポトーシス(細胞死)を迎えます。 一方で、DANが物理的ダメージを受けて損傷すると ATM蛋白質が産生されます。 ATM蛋白質はp53のMDM2との結合部位をリン酸化して、MDM2がp53と結合できないようにします。 そうして、p53は、MDM2の束縛から抜けることにより、その半減期を長くとります。 結果、p53は転写因子として働き、p21蛋白を産生させます。 p21蛋白は、CDK2と結合して、その働きを抑えます。そうして、RBとE2Fの結合が保護され、S期移行が抑制されます。
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以上、正常な細胞が行っている細胞周期(G1期からS期)過程を、簡単に記しましたが、細胞周期機構は、本当はもっと複雑で、増殖因子の種類も他にたくさんあり、 R a s蛋白を中継しての増殖シグナル伝達回路も、他に色々あります。しかしながら、がん細胞の誕生メカニズムをわかりやすく説明するために、あえて関係の薄いものは、割愛しました。
さて、これからが、「がん細胞を説く」の本題です。
前にも記しましたが、《細胞周期:G1期 ⇒ S期で働く色々な機能蛋白質の異常》が、がん化に関わってきます。当然ながら、それらの蛋白質の異常は、 その設計図である遺伝子(DNA)の突然変異や異常発現に起因していますから、細胞増殖の促進(アクセル)に関わる、増殖因子/レセプター/Ras/などの蛋白質を コードする遺伝子がおかしくなったら、それは「がん遺伝子」して機能するわけです。 一方、増殖を抑制(ブレーキ)するp53/RBなどの蛋白質をコードする遺伝子は「がん抑制遺伝子」として働きます。
細胞のがん化(増殖機構の暴走)を車の走行(暴走)に例えてみましょう。 どんなにアクセル(がん遺伝子)を踏み込んでも、ブレーキ(がん抑制遺伝子)が効いていれば車は暴走しません。そして、ブレーキが壊れていても、アクセルを踏まなければ車は前に進みません。 即ち、細胞のがん化(増殖機構の暴走)は、増殖のアクセル「がん遺伝子」とブレーキである「がん抑制遺伝子」の異常が重なって起こるわけです。
それでは、「がん遺伝子」と「がん抑制遺伝子」の産物である蛋白質の異常について、具体的(ピックアップして)に記していきましょう。
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イラスト(1) 細胞質内 制御シグナル(がん化)編
※細胞増殖因子の増幅・発現 
細胞の増殖は、増殖因子の出現により始まりますが、増殖因子の一つあるPDGF(Platelet-Derived Growth Factor 血小板由来増殖因子) とサル肉腫ウイルスの癌遺伝子V-Sisの産物が類似していることがわかっています。増殖因子が必要以上に産生された環境に、細胞がおかれることも、がん化の要因になります。
※増殖因子レセプターの増幅・異常
EGFレセプターの産生増幅や異常も、がん化に関係してきます。正常のEGFRは、EGFが結合して活性化されますが、 ヒト乳癌やヒト卵巣癌で見つかっているEGFR(原がん遺伝子:ERBB2 V-erb-b2) は、EGFが結合しなくても、自発的に活性化するように変異しているので「増殖せよ」シグナルを細胞の中に常に流し続けます。